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東京地方裁判所 平成9年(ワ)6476号 判決 1999年5月19日

原告

小山均

被告

藤本浩

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金四二七万三一四七円及びこれに対する平成五年一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、一〇分の一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分について、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金四二六五万四一八九円及びこれに対する平成五年一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、信号機による交通整理の行われている交差点において、矢印信号に従って右折した普通貨物自動車が、赤色信号に変わったのに直進してきた普通乗用自動車と衝突した交通事故について、右折した自動車に同乗していた者が事故車両の各運転者に対し、民法七〇九条及び自賠法三条に基づき、損害賠償を求めた事案である。

一  前提となる事実(証拠を掲げないものは争いがない。)

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 発生日時 平成五年一月一三日午後四時四五分ころ

(二) 事故現場 東京都足立区小台一丁目二〇先路上の交差点(以下「本件交差点」という。)内

(三) 加害車両 原告が同乗し、被告荒木幸治郎が運転していた普通貨物自動車(足立四〇た六一四五、以下「荒木車両」という。)と被告藤本浩が運転していた普通乗用自動車(足立五三て四二九七、以下「藤本車両」という。)

(四) 被害者 荒木車両に同乗していた原告

(五) 事故態様 事故現場の交差点を右折しようとした荒木車両と、対向して直進してきた藤本車両が衝突した。

2  原告の治療経過

原告は、本件事故により、左肩関節脱臼、右撓骨骨折、脳挫傷、頭皮挫創の傷害を負い、次のとおり入通院治療を受けた(甲三の1~3、四)。

(一) 日本医科大学附属病院

入院 平成五年一月一三日から同年一月一六日(合計四日)

(二) 医療法人社団ますみ会亀有大同病院

入院 平成五年一月一六日から同年二月一九日(合計三五日)

(三) 医療法人社団成和会西新井病院

入院 平成五年二月一九日から同年三月三一日(合計四一日)

通院 平成五年四月一日から平成七年五月二日(実通院五二二日)

3  原告の後遺障害

原告は、平成七年五月二日をもって次の内容の後遺障害が残存し、症状固定の診断を受けた(甲四)。

(一) 左肩関節可動域制限

自動―屈曲九〇度、外転七〇度、伸展二〇度(右肩は、順に一五〇度、一七〇度、四五度)

他動―屈曲一〇〇度、外転七五度、伸展三〇度(右肩は、順に一七〇度、一八〇度、七〇度)

(二) 右手関節の可動域制限

自動―背屈三五度、掌屈四五度、撓屈二〇度、尺屈四五度(左手は、順に六〇度、八〇度、四〇度、四五度)

他動―背屈六〇度、掌屈五五度、撓屈二五度、尺屈五〇度(左手は、順に九〇度、九〇度、四五度、五〇度)

(三) 右栂指の可動域制限

(1) 栂指中手指関節

自動―掌屈五〇度、背屈マイナス一〇度、水平外転四〇度、撓側外転三〇度

他動―掌屈六〇度、背屈〇度、水平外転六〇度、撓側外転七〇度

(2) 栂指指節間関節

自動―掌屈三〇度、背屈〇度

他動―掌屈八〇度、背屈〇度

(四) 右手背の痺れ、右手示、中環、小指第二関節痛

(五) 頭痛

4  自動車損害賠償責任保険における後遺障害の認定

原告は、右3の後遺障害について、荒木車両と藤本車両の自賠責保険を扱う各保険会社に対し、自賠法一六条に基づき被害者請求をしたところ、自動車保険料率算定会調査事務所において、いずれも、左肩関節の可動域制限及び右手関節の可動域制限がいずれも自賠法施行令二条別表(以下「自賠法別表」という。)の第一二級六号の「一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」に、頭痛が同表第一四級一〇号の「局部に神経症状を残すもの」にそれぞれ該当し(なお、栂指の可動域制限、右手の痺れ及び右手指の痛みはいずれも非該当)、併合一一級の認定を受けた。原告は、これを不服として異議申立てをしたが、再び併合一一級と認定され、いずれも認定額に変更はなかった。(以上、甲一〇、一四、弁論の全趣旨)

5  労働者災害補償保険における障害認定

原告は、右3の後遺障害について、足立労働基準監督署から、左肩関節の可動域制限が、労働者災害補償保険法施行規則一四条別表第一(以下「労災法別表」という。)に規定する第一二級六号の「一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」に、右手関節の可動域制限が、同表第一に規定する第一〇級九号の「一上肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの」に該当し、両者を併合して第九級の認定を受けた。

6  損害のてん補

原告は、本件事故に基づく損害につき、次のとおりの支払を受けた((一)について乙六、(三)について足立労働基準監督所に対する調査嘱託の結果(平成一〇年一二月二八日付け回答))。

(一) 被告藤本から五一七万九六四四円(文書料一万九三三〇円を含む)

(二) 藤本車両及び荒木車両に関して付保された自賠責保険から各三三一万円

(三) 労働災害保険から

(1) 療養給付として四九二万四一五六円

(2) 休業補償給付として五六〇万〇六四〇円(特別支給金一四〇万円〇一六〇円を含む)

(3) 障害補償給付として七四八万一三〇五円(特別支給金一六六万四〇〇七円を含む)

二  争点

1  被告藤本の責任原因の内容、被告荒木の責任原因の有無及び内容(免責の有無を含む)

(一) 原告の主張

被告荒木は、原告を同乗させて荒木車両を運転し、本件交差点を右折矢印の信号表示に従って右折したところ、赤信号にもかかわらず対向直進してきた藤本車両が衝突した。

被告藤本は、藤本車両を運転し、自己のために運行の用に供していたもので、交差点を進行するに際しては、信号表示に従って十分注意して進行する注意義務があるのに、これを怠り、信号表示が赤色であったにもかかわらず本件交差点に進入し、本件事故を発生させた過失がある。

被告荒木は、荒木車両を運転し、自己のために運行の用に供していたもので、交差点を右折するに際しては、前方から進行してくる車両の動向に十分注意して運転する注意義務があるのに、これを怠り、本件事故を発生させた過失がある。

本件事故は、このような被告らの過失が競合して発生したのであるから、被告らは、自賠法三条、民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償する責任がある。

(二) 被告藤本の主張

被告藤本は、本件交差点の手前で対面信号が黄色であったので、そのまま直進し、本件事故に遭った。被告藤本は、対面信号が黄色であることを確認した後は、荒木車両に気をとられて信号機を見ていないが、衝突時に赤色であったか否かは不明である。

したがって、被告藤本には、本件交差点手前で黄色信号を確認しながら、漫然と本件交差点に進入して本件事故を発生させた過失があることは否定できない。しかし、被告荒木においても、仮に、対面信号の右折矢印が出たとしても、その直後であり、直進車が進行してくる可能性は予測できたのであるから、直進車の有無を確認した上で右折する注意義務があったというべきである。ところが、被告荒木は、これを怠り、漫然と右折進行して本件事故を発生させた過失があるから、本件事故は、被告藤本と被告荒木の過失が競合して発生したといえる。

(三) 被告荒木の主張

事故態様は、原告が主張するとおりである。しかし、本件事故は被告藤本の一方的過失に基づくものであり、被告荒木は、荒木車両の運行に関し、注意を怠らなかった。また、自動車の構造上の欠陥または機能の障害の有無は、およそ、本件事故とは関連性がない(被告荒木は、自動車の構造上の欠陥または機能の障害がなかったと主張しているが、黙示的に右の主張をしているものと理解することができる。)。

したがって、被告荒木に過失はないから、荒木車両を自己のために運行の用に供していたとしても、自賠法三条ただし書により免責される。

2  原告の後遺障害の程度

(一) 原告の主張

原告の左肩関節可働域の制限は、患側の屈曲、伸展及び外転の合計が、自動及び他動ともに、健側のそれの二分の一以下に制限されているので、この後遺障害は、自賠法別表第一〇級一〇号の「一上肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの」に該当する。

また、原告の右手関節の可動域制限は、同一方向である背屈及び掌屈の合計において、患側が八〇度であり、正常可動範囲である一六〇度の二分の一となっている。したがって、この後遺障害も、自賠法別表第一〇級一〇号の「一上肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの」に該当する。なお、原告は、右利きであるから、右手関節の可動域制限の程度を判断するには、利き腕でない健側の可動域と比較するのは適当でなく、正常可動範囲と比較するのが妥当である。

これらに、自賠法別表第一四級一〇号に該当する頭痛を併せると、原告の後遺障害の程度は、併合九級となる。

(二) 被告藤本の反論

肩関節において、屈曲及び伸展は、肩関節の左右を通る線を軸とした前後方向の動きであり、外転は、側方向への動きであるから、これらを単純に合計することは、異なる平面の運動を合算して数えることになり不適当である。したがって、肩関節の可動域制限の程度を判断するには、屈曲及び伸展の合計可動域を合算したものについて、患側と健側の比較をするのが妥当であり、自算会及び労基署のいずれにおいても、同様の判断によっている。そうすると、原告の肩関節の可動域制限は、自動及び他動ともに四分の三以下には達しているが、二分の一以下には達していないので、この後遺障害は、自賠法別表第一二級六号の「一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」に該当するにとどまる。

右手関節においては、同一方向である背屈及び掌屈を合算したものについて判断することは妥当であるが、比較する対象は、健側である左側とするのが妥当である。労基署においても同様の基準によっているし、自算会においても同様であると推測される。特に、利き腕とそうでない腕の後遺障害によって取り扱いを異にする合理的理由はない。そうすると、右手関節の可動域制限も、自動及び他動ともに、健側の四分の三以下には達しているが、二分の一以下には達していないので、自賠法別表第一二級六号の「一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」に該当するにとどまる。

したがって、自賠法別表第一四級一〇号に該当する頭痛を併せても、原告の後遺障害の程度は、併合一一級にとどまる。

3  損害額

第三争点に対する判断

一  被告藤本の責任原因の内容、被告荒木の責任原因及び免責の有無(争点1)

1  前提となる事実及び証拠(乙一の1~12、18、26)によれば、本件事故の態様について、次の事実が認められる。

(一) 事故現場である本件交差点は、尾久方面(南方向)から環七方面(北方向)に南北に走る尾久橋通りと、西新井橋方面(東方向)から江北橋方面(西方向)に東西に走る道路(以下「交差道路」という。)が交差する交通頻繁な市街地の交差点である。

尾久橋通りは、中央分離帯のある片側三車線の平坦な舗装道路であり、時速五〇キロメートルの速度制限がなされていた。

(二) 被告荒木は、仕事上の知人である原告を助手席に同乗させて荒木車両を運転し、尾久橋通りを尾久方面から環七方面に向かってもっとも中央分離帯寄りの車線を走行して本件交差点にさしかかった。被告荒木は、本件交差点を西新井橋方面に右折するため、対面信号の青色表示に従って本件交差点に進入したが、対向直進車が存在したため、右折待ちの状態で中央分離帯の延長線上付近に停止した。

他方、被告藤本は、藤本車両を運転し、本件交差点を右折するため、尾久橋通りを環七方面から本件交差点に向かい、もっとも中央分離帯よりの車線を時速七〇キロメートル以上の速度で走行していた。ところが、予定していた経路を変更してそのまま尾久方面に直進しようと考え、中央の車線に進路変更した。そして、本件交差点手前の停止線から、さらに約五五メートル手前の地点で対面信号が黄色表示であることを確認した。

(三) 被告荒木は、対面信号が黄色から赤色表示に変わり、それと同時に右折矢印信号が出たため右折を開始した。他方、被告藤本は、対面信号が黄色表示であることを確認した後、約三〇メートルほど進行し、本件交差点手前の停止線まで約二五メートルの地点まで来たところ、もっとも中央分離帯寄りの車線を江北橋方面に右折しようと停止していた車両の陰から、対向して右折進行してくる荒木車両に気がついた。被告藤本は、対面信号が赤色表示に変わったことを確認しておらず、荒木車両が停止してくれるだろうと安易に考えてそのまま本件交差点に進入した。ところが、荒木車両がそのまま右折進行してきたので、被告藤本は、左へハンドルを切って衝突を回避しようとしたが間に合わず、荒木車両の前部が藤本車両の右前部に衝突した。

2  この認定事実によれば、被告藤本は、制限速度を時速二〇キロメートル以上超過して藤本車両を走行させ、交差点から五〇メートル以上手前で対面信号の黄色表示を確認したのみで、その後、赤色表示に変わるのを確認することなく、かつ、荒木車両を確認した時点でも荒木車両が停止すると安易に考えて減速やクラクションなどの危険回避措置をまったく行うことなく本件交差点に進入した重大な過失がある。したがって、本件事故は、その大半が被告藤本の過失によって発生したということができる。しかし、他方、被告荒木も、信号の変わり目においては、交差点に進入してくる直進車両があることを予想できるのであるから、信号表示が変わった直後に矢印信号に従って右折するに際しては、対向直進車の存在や走行状況に十分注意して右折進行する注意義務があった。ところが、被告荒木は、これを怠り、直進してくる藤本車両の存在を十分確認することなく、漫然と右折進行したのであるから、この点については、若干の過失を認めざるを得ないというべきである。

そうすると、本件事故は、被告藤本と被告荒木の過失が競合して発生したというべきであるから、被告荒木の免責の主張は理由がない。

二  原告の後遺障害の程度

1  証拠(甲一六、乙四、原告本人、足立労働監督署に対する各調査嘱託の結果(平成九年一二月一〇日付け及び平成一〇年九月九日付け各回答))によれば、次の事実が認められる。

(一) 労災保険における各関節の障害認定は、原則として、障害の存する関節の運動可能領域と、健側の運動可能領域とを比較する方法によっている。そして、評価にあたっては、各関節の主要運動を対象とし、同一面の運動範囲は一括して取扱い、同一面以外の主要運動がある関節については、同一面とそれ以外のいずれにおいても一定の可動域制限を具備する必要があるとされている。

これを前提に、足立労基署が、左肩関節の可動域制限を労災法別表第一二級六号の「一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」に該当すると認定したのは、患側の屈曲と伸展を合算したものと、外転のいずれにおいても、健側の四分の三以下に制限されているが、二分の一以下には制限されていないことによる。また、右手関節の可動域制限を労災法別表第一〇級九号の「一上肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの」に該当すると認定したのは、患側の背屈及び掌屈を合算したものと、橈屈と尺屈を合算したものが、いずれも健側の二分の一以下に制限されていると判断したことによる。

(二) 自賠法別表の後遺障害の認定方法は、労働省労働基準局通牒の「障害等級認定基準」に準拠している。この「障害等級認定基準」によれば、肩関節における主要運動は、屈曲及び伸展(前後方挙上)と、外転(側方挙上)の二種類の運動があり、屈曲及び伸展は、同一面の運動であるから合算して取り扱うが、外転は屈曲及び伸展と同一面の運動ではないから、合算はしない。これを前提にして、自算会調査事務所においては、屈曲及び伸展と、外転を個別に検討して後遺障害の認定を行った。

(三) 原告は、本件事故の後遺障害により、左肩が上がらず、また、右手では吊革を掴むことができないので、電車やバスにおいて、吊革に掴まることができない。また、本棚の本など肩より高いところのものは、左肩が上がらず、右手では力が入らないため、取ることができない。

原告は、本件事故の一五、六年前から安達建築測量事務所に勤務し、二級建築士の資格を有している。主な仕事は、客との打ち合わせ、プランニングから図面作成などである。原告は、図面を作成する際、本件事故の後遺障害により、右手首に力が入らないため、鉛筆をうまく持つことができず、人差し指と中指の間に鉛筆を通して小指で支える持ち方をし、左手を添えて図面を作成している。また、めまいや頭痛もあるので、これまで一日で作成できた図面を三日ほどかけて作成する状況にある。

2  この認定事実によれば、次のとおり判断することができる。

(一) まず、肩関節については、屈曲、伸展、外転は、肩関節の基本的な運動形態であるから、これらに着目して後遺障害の程度を判断するのは合理的といえる。しかし、屈曲及び伸展は同一面での運動であるが、外転は運動面が異なり、これが、屈曲及び伸展を補うわけでもないから、これを屈曲及び伸展に加えて単純に合算する合理的理由はないというべきである。したがって、屈曲及び伸展の合算と、外転のそれぞれについて、患側の可動域と健側の可動域とを個別に比較して、その制限の程度を判断するのが相当というべきである。これに対して、原告が西新井病院で治療を受けた際の医師は、屈曲及び伸展に外転をも加えた数字によって後遺障害の程度を判断しているが(甲一五)、運動面の異なる動きを単純に合算する合理性が明らかでなく、直ちには採用できない。そして、機能障害があるといえるか、また、あるとしても著しいといえるか否かは、労基署及び自算会調査事務所はともに、それぞれについて、患側の可動域制限の程度が健側の四分の三以下、二分の一以下になるか否かによって判断している。この基準は、数字上のものとしては、格別不合理とはいえないから、原告の後遺障害の程度を、便宜上、自賠法別表の等級表で表すとすれば、この基準に従いつつ、原告の日常生活や労働における支障内容を考慮して判断するのが相当である。

そうすると、原告の左肩関節の可動域制限は、屈曲及び伸展の合計が、自動において一一〇度、他動において一三〇度であり、健側である右肩の可動域は、自動において一九五度、他動において二四〇度であるから、いずれにおいても、健側の四分の三以下にはなっているものの、二分の一以下の程度にまで至っていないということができる。そして、原告は、肩よりも上のものを取ることができないとして、左肩に関しては、この数字にほぼ沿う不都合が存在するといえるから、これらの事情によれば、原告の左肩関節の可動域制限は、自賠法別表第一二級六号の「一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」に該当すると判断するのが相当である。

(二) 次に、右手関節については、背掌屈を主要運動として、これを基準に後遺障害の程度を判断することについては、当事者間に争いはない。そして、事故前に関節の運動可能域を測定していることは、特別な場合でない限り、通常は考えられない。したがって、患側の可動域と比較するのは、健側の可動域とするのが合理的である(労基署及び自算会調査事務所の双方が、この基準に拠っていることは、右の理由により理解することができる。)。

もっとも、原告は、利き腕に関しては、正常可動範囲と比較するのが妥当であると主張する。原告が主張する正常可動範囲の内容は、必ずしも明らかではないが、それが、事故前に測定した原告の関節可動域を指すのであれば、むしろ、健側との比較以上に合理性を有するといえる余地はある。しかし、先に述べたように、事故前に関節可動域を測定していることは、通常は考えられないから、原告が主張する正常可動範囲は、通常人の平均的可動域を指しているものと推測できる。そうすると、個人差が考えられる以上、利き腕であるか否かにかかわらず、健側の可動域と比較する以上の合理性を有するとはいえないというべきである。そして、本件全証拠によっても、原告の、事故前の右手関節の可動域を認めるに足りないから、結局、健側である左手の可動域との比較により、後遺障害の程度を判断するのが相当である。

そうすると、原告の右手関節の可動域制限は、背屈と掌屈を合算して、自動が八〇度、他動が一一五度であるのに対して、左手は、自動が一四〇度、他動が一八〇度であるから、健側の四分の三以下にはなっているものの、二分の一以下の程度にまで至っていないということができる(なお、撓屈と尺屈の合算は、患側において、自動が六五度、他動が七五度であるのに対し、健側においては、自動が八五度、他動が九五度で、いずれも四分の三以下にすら至っていない。)。そして、原告は、事故前より時間がかかるようにはなったものの、症状固定後も建物等の図面を作成していることなどの事情も併せて考えると、原告の右手関節の可動域制限も、左肩関節と同じく、自賠法別表第一二級六号の「一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの」に該当すると判断するのが相当である。

なお、足立労基署は、右と同様の基準によりながら(ただし、撓屈と尺屈の合計も考慮している。)、右手関節の可動域制限は、健側である左手の二分の一以下に至っているとの理由で、労災法別表第一〇級九号の「一上肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの」に該当すると認定しているが、現実に算出した可動域の数字が明らかでなく、誤りである可能性は否定できないから、右の判断の妨げにはならない。

(三) 以上に加え、頭痛が自賠法別表の第一四級一〇号の「局部に神経症状を残すもの」に該当し、他方、右栂指の可動域制限や、右手背の痺れ、右手指の痛みがいずれも自賠法別表の等級に該当しないとの自算会調査事務所の認定には、当事者は積極的には争っておらず、これに反する認定をするに足りる事情もない(右栂指のみの可動域制限が該当する項目は、自賠法別表に存在しないし、右手背の痺れ及び右手指の痛みの原因は、本件全証拠によっても明らかでなく、一応にせよ、医学的な説明ができるとまではいえない。)。

そうすると、原告に残存した後遺障害は、左肩関節可動域制限と右手関節の可動域制限がいずれも自賠法別表第一二級六号に、頭痛が同表第一四級一〇号に該当することになるから、全体として併合一一級となる。

三  損害額(争点3)

1  入院雑費(請求額一〇万一四〇〇円)一〇万一四〇〇円

入院雑費としては、一日あたり一三〇〇円の七八日分で一〇万一四〇〇円を相当と認める。

2  付添看護費(請求費四六万八〇〇〇円)

一五万六〇〇〇円

原告の入院期間中、医師の指示はなかったものの、原告の容態が心配であるため、妻は毎日病院へ行った(原告本人)。

原告は、入院した三病院に関し、完全看護の有無などの物理的事情や、医学的観点からの付添看護の必要性、相当性について、主張も立証もない。しかし、原告の負傷内容に照らすと、ある程度は妻の付添看護が必要であると認めるのが相当である。しかし、他方で、妻は、会社に勤務していたから、長時間の付添いをしていたか否かは疑問があるから、入院日数七八日について、平均して一日あたり二〇〇〇円の限度で付添看護費を認める。

3  通院付添費(請求額一八万円) 認められない

原告は、退院後、約二か月ほど、原告の通院及び通勤時に原告の妻が付き添ったと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

したがって、通院付添費は認められない。

4  通院通勤交通費(請求額三五万四五九〇円) 二〇万八八〇〇円

原告は、通院通勤交通費として、平成六年五月二日から症状固定後である平成七年六月二九日まで合計三五万四五九〇円を主張し、それに沿う証拠(甲一一の1~23、一二の1~52)もある。しかし、症状固定時までの分についても、これらは、通勤の際、自宅と最寄り駅の間で、バスに座れない場合に使用したタクシー代が多く含まれている(甲一一の23)。しかし、後記のとおり、左肩関節の可動域制限や右手関節の可動域制限によって、バスの吊革に掴まるのが困難であるとしても、掴まることができるのは吊革だけではない。また、地下鉄にも乗車していることを考えると(甲一一の23)、通勤の際のタクシー使用までは相当因果関係がないというべきである。

そうすると、通院通勤交通費を特定するのが困難であるが、公共交通機関程度ということで、一日あたり四〇〇円の限度で五二二日間分である二〇万八八〇〇円の限度で認めるのが相当である。

5  休業損害(請求額九七三万八五一八円)

九六三万七二一八円

証拠(甲五の1~13、六の1の1・2、2の1・2、3の1・2、原告本人)によれば、原告は、平成四年一〇月から同年一二月の本件事故前三か月間に、合計一三八万三七〇〇円の収入(賞与は除く)を得ていたこと、平成五年一月一三日から平成七年五月ころまで安達建築測量事務所を欠勤し、少なくとも平成六年五月一〇日までは収入を支給されなかったこと(平成六年の五月から平成七年の五月までどうしていたのかは不明である。)、平成五年上半期及び下半期の各賞与である六三万七〇〇〇円と一〇四万二〇〇〇円、平成六年上半期の賞与として六四万九二五〇円の合計二三二万八二五〇円の支給を受けることができなかったこと、平成五年三月三一日に西新井病院を退院した後、約一年間ほどは毎日のように、リハビリのため同病院に通院したことが認められる。

この認定事実によれば、原告は、事故当時、賞与を除いて年間五五三万四八〇〇円(一三八万三七〇〇円の四倍)の収入を得ていたということができる。そして、少なくとも、原告が請求する平成六年五月一〇日までの間は、一〇〇パーセント労働能力に制約を受けたといえるから、事故に遭った平成五年一月一三日から原告が請求する平成六年五月一〇日までの四八二日間の休業損害を算出すると、九六三万七二一八円(一円未満切り捨て)となる。

5,534,800×482/365+2,328,250=9,637,218

6  逸失利益(請求額四〇七七万四三〇一円) 九三六万七八二一円

証拠(七の1、一六、原告本人)によれば、次の事実が認められる。

原告(昭和二九年三月二九日生)は、事故の前年である平成四年には、年間六五一万六七〇〇円の給与収入を得ており、現在も安達建築測量事務所に勤務し、事故当時と比較して、基本給や職務手当は維持されており、おおむね減収はない。安達建築測量事務所では、製図をするのは原告を含めて二人であり、所員数は、所長を含めて七名である。原告は、毎日のように、午後から頭痛がひどくなり、頭痛薬が欠かせない状態であり、コンピューターによる製図も、長く画面を見続けることができないために困難な状態にある。また、めまいや右手の関節の可動域制限のため、建築現場を確認する際、高い所に登れなかったり、境界石等の確認のためにスコップで地面を掘ることも困難な状況にある。原告は、将来は独立することを考えていたが、現在ではそれも諦めている。

既に認定した事実に加え、この認定事実を併せると、原告は、製図をするのが原告以外に一人のみである状況下で、事故後五年ほど経過しても現実の減収は生じておらず、これによれば、この状況は、当面続く可能性が高いということができる。しかし、他方、すでに検討した後遺障害の内容や、現実の労働実態に照らすと、原告は少なくとも二〇パーセントは労働能力を喪失したというべきであり、特に、後遺障害として、右手関節の可動域制限が含まれていることは、製図を中心とした原告の仕事に深刻な影響を与えている。それにもかかわらず、事故後、これまで減収がなく勤務を継続できたのは、業務中の事故に巻き込まれたことを考慮した使用者の配慮による可能性があり、今後、原告の労働可能期間がまだ長いことを考えると、現在の状態が保証され続けるか否かについては、不確定要素も相当程度にあり得るといえる。仮に、退職する状況になった場合は、相当程度の減収が生じる可能性もある。

また、独立を含めた将来の増収可能性が小さくなっていることも否定できない。

右のような不安感や可能性が現時点では、具体的でないことは軽視できないものの、右の事情を総合すれば、得べかりし利益がまったくないとすることも相当ではなく、後遺障害の内容が機能障害を中心とするもので、改善可能性に乏しいことを併せて考慮すると、原告は、症状固定時である四一歳から労働可能期間である六七歳までの二六年間、平均して一〇パーセントの限度で、得べかりし利益を失ったものと認めるのが相当である。

したがって、事故の前年度の年収である年間六五一万六七〇〇円を基礎収入とし、一〇パーセントの喪失分を乗じて、ライプニッツ方式(係数一四・三七五一)により年五分の割合による中間利息を控除すると、原告の逸失利益は、九三六万七八二一円(一円未満切り捨て)となる。

6,516,700×0.1×14.3751=9,367,821

これに対し、原告は、現在の低金利の下では、中間利息の控除は年三分にとどめるべきであると主張する。しかし、現在が低金利であるといっても、物価の変動は種々の政治的、経済的、社会的要因によって影響を受けるものであり、原告の労働可能期間の残余期間である二〇年間程度の長期にわたりそれが継続するか否か定かでないし、このような期間の物価の変動を予想し得ることは極めて困難である。また、現在の国内の低金利情勢の下においても、資産の運用方法は、国内のものに限定されないのであって、元本の運用益に相当する遅延損害金が民法上五パーセントと固定されていることとの均衡をも併せて考えると、中間利息をあえて年三分の割合とする理由はないというべきである。したがって、原告の主張は理由がない。

7  慰謝料(請求額八七〇万円) 六二〇万円

原告の負傷内容、入通院の経過、後遺障害の内容及び程度などの一切の事情を総合すると、原告の慰謝料としては、三五〇万円(入通院分二三〇万円、後遺障害三九〇万円)を相当と認める。

8  損害のてん補

1、2、4ないし7の損害総額二五六七万一二三九円から、原告が損害のてん補として受領した金額のうち、合計二一七九万八〇九二円(被告藤本から受領した五一七万九六四四円から原告が請求していない文書料一万九三三〇円を差し引いた残額である五一六万〇三一四円、自賠責保険から受領した六六二万円、労災保険から休業補償給付及び障害補償給付として受領した合計一三〇八万一九四五円から特別支給金の合計三〇六万四一六七円を差し引いた一〇〇一万七七七八円の合計金額)を控除すると、損害残額は、三八七万三一四七円となる。

9  弁護士費用(請求額三八七万円) 四〇万円

審理の経過、認容額などの事情に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、四〇万円を相当と認める。

第四結論

以上によれば、原告の請求は、四二七万三一四七円及びこれに対する平成五年一月一三日(不法行為の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 山崎秀尚)

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